林忠彦賞エッセイ 「ゾクゾクするなぁ」 写真家が降り立ったところは基隆だった。身体がもっとも感応する街を求めて、台湾本島の海沿いをバスで一周した。台北、高雄、花蓮…。 そこは小さな山々に囲まれた箱庭のような港町だった。蜘蛛の巣のように坂道がめぐり、古びた建物が軒を連ね、時折日本語が飛び交う。 しばしこの不可思議な陋巷に身を委ねていると意識がしだいに引きずり込まれていくのが分かった。 第20回林忠彦賞は、都市と人間との関わりとそこに漂う空気感や時代をストリートスナップにより切り取ってきた山内道雄さんの「基隆」が受賞した。 1950年愛知県生まれ。60歳。早稲田大学卒業後、ジャーナリストを目指すが挫折、アルバイト生活に陥った。30歳を目前に何か技術を身につけようと東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)に入学。二年次、森山大道ゼミが始まる。平々凡々とした授業に衝撃が走った。「えっ、こんな世界があったのか」。既成概念が粉々に砕け散った。 森山は1960年代、「ブレ・アレ・ボケ」の作品群を引きさげて登場した。その卓越した作家性は写真界の枠を越え、社会現象にまでなった。その後、一時期、休眠状態にあったが声望はますます高まるばかりだった。 山内さんが、出会ったのは1981年、森山が再始動したときで、生気を取りもどしつつあった。気にとめてもらったのか今や伝説となった自主ギャラリー「CAMP」に誘われた。さらに幸運なことに事務所にも居候させてもらった。一介の学生が、突如として、写真の最先端と関わることになった。山内さんのスナップ人生はこうして慌ただしくスタートしたのである。 あくまでも「人」が基本。自らも暮らす東京が一番の撮影地。そこを中心に、ときには新しい風をもとめてアジアやハワイにも足をのばす。とにかく自分が撮った写真をみて、どうしてあの時こんな反応をしたのか。現場での驚きや発見がたまらないという。写真は感覚の複写。言葉では伝えきれない現実を、写真は生々しくそのまま記録することができる。その写真を他者がみてまた新たな反応が生まれていく。 「こんな凄いこと、写真以外に他にありますか」。 さて「基隆」だが、2007年、2009年の2回。いずれも初夏、都合4ヶ月滞在した。ひたすら歩き、納得の一瞬を全身で受け止めた。迷いや邪念が入るといいシーンはやってこない。始原の人間の感覚に近い動物的な勘がすべてである。 人がいて群衆になり、路地が集まり街ができ、山があり海がある。そこには瞬間と永遠が同居し、個々の記憶と歴史がある。かつてはスペイン、オランダ、清、日本と目まぐるしく統治者がかわった。山内さんはそんな基隆で体感した千波万波を一枚一枚に凝縮させたのである。 たんにストリートスナップというが、山内さんほど極めるともう止めようがない。なぜなら、これから幾度とも現れるあの未知の瞬間を知っているからである。 「路上の至福を愛す」。 山内さんの人生もまたここにあった。 (周南市美術博物館館長 有田順一) かるちゃあ通信花畠2011年5月号掲載
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