遠野は遙か昔、湖であったといわれる。その名はアイヌ語の「TO・NUP」(湖のある丘原)に由来するともいい、今でも日本の原風景が残る土地である。柳田國男『遠野物語』には遠野に伝わる民話が集録され、この地は「民話の里」として知られる。
小栗昌子さんは、1998年旅行で訪れた遠野の自然や祭、遠野の風土に生きる人びとの存在感に魅せられた。“この場所を撮りたい”という強い思いに突き動かされ移住を決意、翌1999年岩手県遠野市に移り住んだ。そしてこの地で写真を撮り続け、2005年写真集『百年のひまわり』を刊行した。偶然出会った東北に暮らす初老の姉弟、その3年間の生の営みを捉えた作品は反響を呼び、同年第3回ビジュアルアーツフォトアワード奨励部門大賞を受賞した。また翌年にかけて開催された同作品の写真展は、第16回林忠彦賞の最終候補作品となっている。
遠野に移り住んで10年、日々この土地の持つ力に圧倒され「目の前にある命に触れ向かい合うことに精一杯」と小栗さんは言う。大地から、樹木から、人びとの営みから、それらの命から生まれる力と向き合い、見つめ続け、根気強く遠野の人たちと触れあい、優れた技術で撮影を続けた。「近況報告みたいな気持ち」で写真展を開催し、それが今回の写真集『トオヌップ』となって結実した。将来を嘱望される作家である。 |