林忠彦賞

 

 

第23回 笹岡啓子  「Remembrance」

写真冊子「Remembrance」
福島県双葉郡浪江町請戸 2013年8月2日

笹岡 啓子/写真冊子「Remembrance」


 東日本大震災、2011年3月11日に起こったこの未曾有の大災害は写真界にも大きな影響を与えた。多くの写真が失われた一方で、膨大な写真が撮られ続けた。
 作者は震災から1ヶ月後の4月、初めて被災地の釜石市に赴いた。カメラを取り出すこともできず眼下に広がる町を見つめる作者に、地元の人が「となりの大槌町はもっとひどい。広島に落ちた原爆が落ちたみたいだよ」と教えてくれた。広島出身の作者はその表現に驚き、大槌町へ向かった。ここで初めてシャッターを切った。
 受賞作「Remembrance」は、被災地復興のためニコンサロンで2012年2月から開催された連続企画展「Remembrance 3.11」が発端となっている。作者はこの展覧会にあわせ、大槌町をはじめとした三陸や阿武隈の被災地域を撮影した冊子「Remembrance」第1号から第4号を発刊した。その後も展覧会での発表とは別に、できるだけオンタイムに、より遠くまで届き未来に残るものとして、冊子の刊行を続けていくことにした。2012年に第1号から第17号、2013年に第18号から第41号を刊行し、この作業は一応の終了を見た。
 「Remembrance」は、「記憶」や「想起」を意味する。幾度も被災地を訪れ、撮影し、発表する、この作業を重ね、継続していくことは、作者自身の体験を深め、過去を再確認する作業でもあった。作品は被災地域の風景だけでなく、日本国内の様々な地域、そして火山や漁、遺跡など、自然と人間の営みとの関わりを意識するものでもある。もともと写真を撮り続ける中で、自然と人間とが接する領域を見つめてきた作者にとって当然の帰結であったのかもしれない。
 この作品から我々は、作者の思索の過程をも追体験することができるのではないだろうか。

笹岡 啓子(ささおか けいこ)

山内 道雄ホームページ>>作者公式ホームページ

(Photo graphers' gallery)

笹岡 啓子(ささおか けいこ)

 

委員長 細江英公(ほそえ えいこう)

 ここずっと林忠彦賞の選考をさせてもらっています。日本にはたくさん写真コンテストがありますが、林忠彦賞はその中でも際立ってレベルが高いと思います。ここに応募される作品は、写真集であれ組写真であれ、モノクロであれカラーであれ、とにかく自由で、あくまでも作品本意です。ですから林忠彦賞の最終候補作品に入るということは大変なことだと思います。選ばれた方々はどうぞ胸を張って、堂々と多くの人に伝えて欲しいと思います。そして今後も、林忠彦賞を目指して全国の写真家が応募してくれることを、主催者の周南市関係者の方々は勿論のこと、選考委員を担当している私たち審査員も、市民の皆さんも非常に期待を持っております。
 今年もいろいろなタイプの写真が応募されてきました。普段は見ることの少ない写真集、例えば自費出版というようなものは書店にはありませんからなかなか見る機会がありません。出版社による写真集の出版は誰にでもできるわけではなく、相当のレベルが必要です。さらに売れるかどうかといった要素も加わります。作品はものすごく良いけれど全く売れないだろうという本をあえて出版するケースもありますが、やはり難しい。しかし一般の写真家の方々は売れる売れないを考える必要はない。多少資金に余裕があれば自費出版することができます。そして作品が良ければ、当然いろいろな人たちが買ってくれますし、また人の口から口へと広がって多くの人たちに読まれるようになります。またプロもアマチュアも写真家であることに変わりはありませんから、プロの人も興味があればどんどんやってもらいたいし、アマチュアの人は自分の目指す険しい山を征服してやろう、そういう気持ちで応募して欲しいと思います。
 本当のことを言えば、皆さんに審査の状況を見てもらいたいくらいです。もう熱気むんむんです。選考する立場の人間としては、これが少しでも皆さまの役に立てばという気持ちでしておりますし、また皆さんの熱気が私たちプロの写真家たちを刺激するということもあります。林忠彦賞には他のコンテストにはない自由な雰囲気があります。
 そして最終候補に入ると、新聞や他の印刷物に載ります。これが大きな記録なんですね。選ばれた方はご自分の写真歴に加わります。これはとても重要なことです。10年、20年、30年と経てば経つほどこの記録の意味が深まります。写真が好きというだけではなく、もっと自分の人生の質的レベルアップとでもいうか、そういうものを目指して大いに応募してもらいたいと思います。単なる商業的な写真コンテストとは訳が違い、作品本位で日本全国の方々が応募できるのですから。
 今年の林忠彦賞に選ばれた笹岡啓子さんの「Remembrance」。これは記憶ということでしょうか。
 被災地の瓦礫の写真があります。その瓦礫の写真とそれが取り去られた後の静止した写真、そうしたものが組写真でよく表現され、時間的経過の記録がよくわかる。作品としてひとつをなしている。そういう構成の仕方は、写真を理解してもらうということにおいて非常に意味のあることです。この時間、この間にいろいろなことを思い遣るでしょう。この現場を現実に知っている人は特にそうですし、知らない人もこの災害がどれほどのものであったかということがよくわかります。事件とか、あるいは悲劇の現場だとかいうものを超えて、自然の脅威と人間の生きる力というものが相見えながら写真で語られています。写真の語り方としてこれはとても巧みな方法だと思います。
 またこれは、単にドキュメント写真、記録写真というものを超えて、記録の中、風景の中に人間の営みの凄さみたいなものが感じられます。そういう意味で、その時代の記録であり、自然の記録であり、自然の恐ろしさの記録であり、それに立ち向かう人間の力の記録であり、といった様々なことを感じさせてくれます。
 この作品はカラーで撮られていますから、色彩というものが表現の要素としてもう一つ重要に携わってきます。カラーを使う場合には色彩の持つ意味を十分に知り、熟知したうえでやって欲しい。この作品はその良さが出ています。これがもしモノクロだったらもう少し感じが違うと思います。モノクロの場合にはもっと形が具体的ではっきりしないといけません。色彩を上手く使って表現することで、災害の前後の風景というものがよく感じられます。
 山口県周南市が林忠彦賞という事業をされるには、相当予算もかかります。時間もかかります。地方の市のレベルでやるのは大変なことだと思いますが、非常に価値のあることです。意欲のある写真家の皆さま方は、この賞を目標に大いに優れた作品、作品本意の一年の仕事を、ぜひ応募してください。

 

 

林忠彦賞事務局
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